…なんだろう、この本。
主旨はまあ理解できなくもないし、納得できないこともないけど、
でも書いてあることにはまったく共感できない。
細かく言えば、最初は共感できる。
でも読み進んでいくうちにそんな気は粉々に砕けていく。
少し説明しておくと、この2冊は約30年前に起こった殺人事件の犯人と
その周りへの取材等を含むドキュメントです。
事件のあらましは↓が詳しいけど、こういうの好きじゃない人
(好きな人もいないと思うが。)は飛ばないほうがいいです。
ttp://pine.zero.ad.jp/~zac81405/mary_bell.htm
ttp://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/murder/text/bell.html
著者が訴えたかったのは、当時11歳で有罪になったメアリーに対する風評
「悪魔の申し子」や「生まれながらのサイコパス」で片付けられる問題じゃなくて、
もっと複雑な問題が絡んでいるということ。
幼児虐待によって、第2、第3のメアリーになりうる子供たちがこの世にはたくさんいる。
この事件を掘り下げることによって、そのような子供たちを助ける一端になればいい…。
と、そういう主旨です。
まあ、気持ちはわかる。
作中、作者は何度も何度も、この本の主義はメアリーを擁護することではない。
と、しつこいくらいに主張している。
だけど、何度そう主張して前述の主義を声高に叫んでみてもこの二冊はただ単に
殺人者であるメアリー・ベルを擁護するだけのものになっていると、私は感じる。
どう読んでも、メアリーはこれだけひどい環境で育ったのよ。
これだけ可哀想な少女だったのよ、人を殺したのは仕方ないとは言わないけれど、
でも、メアリーも可哀想なのよ。
一緒に起訴されたノーマは愛情たっぷりの恵まれた家庭に育ってたので無罪になったけど、
メアリーは可哀想だったから有罪になったんですよ。
刑務所ではこんなひどい扱いを受けてたんですよ。
(少年院に比べて自由と教育がないとか主張されてもねぇ・・・。)
メアリーはサイコパスなんかじゃなくて、環境が悪かったんですよ。
と、そう書いてあるようにしか読めないんだよ。
やりたかった事はわかるけど、やっぱり私は言いたい。
失敗してるよ、セレニーさん。
posted by 昌。 at 00:00| 福岡

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読書の日々。
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